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バローロ レ ヴィーニェ シビ エ パウチ ルチアーノ サンドローネ 2001

BAROLO LE VIGNE sibi et paucis Luciano Sandrone


「レ・ヴィーニェ」と並ぶサンドローネのもう一つの代表、「カンヌビ・ボスキス」は「神の雫」で第6の使徒として登場し人気を集めましたが、この度「レ・ヴィーニェ2016」が、見事パーカー100点を獲得し、「レ・ヴィーニェ」の人気も高まっています。

また、ラベルに「Sibi et Paucis」と烙印されたワインは、熟成したネッビオーロを楽しんで欲しいという思いから、生産量の10%をファミリーセラーで熟成させ、10年後に再リリースさせたもの。ラテン語で「私と私のお気に入りの人たちのために」という意味です。

バローロ・ボーイズといえばこの人、ルチアーノ・サンドローネ氏が手がける、バローロ・レ・ヴィーニェ!バローロ・ボーイズを牽引したマルク・デ・グラツィア氏と1982年に出会い、彼と共にバローロ新世代組のリーダー的存在として知られるようになった造り手!ヒュー・ジョンソン氏は「深みがあり凝縮したバローロのカンヌビ・ボスキスとレ・ヴィーニェ。」と三ツ星!M.クレイマー氏は「肉厚で力感がありながら柔らかいというスタイルのバローロを熱く提唱するサンドローネ。そのバローロは名品のカンヌビ・ボスキスとレ・ヴィーニェ。どちらも濃厚で力強く深い味わいとともに明確なオークの風味がある。バローロに期待される長期熟成に耐える強い背骨と、早くから飲める近づきやすさという今日の需要とを結びつけるような試みは、まことに刺激的だが真摯なものであり、しかも成功を収めている。」と大絶賛!フレッシュな酸、滑らかなタンニンのバローロレヴィーニェ。


バローロに革命を起こした伝説的生産者

エリオ・アルターレ、パオロ・スカヴィーノ、ドメニコ・クレリコ氏とともに バローロ・ボーイズの一員だったルチアーノ・サンドローネ。当時からブルゴーニュを訪れ、畑の概念の重要性をバローロにも持ち込みたいと考えていました。そんな時、バローロの最高峰ともいわれるカンヌビの畑を買うチャンスが突然訪れました。このチャンスを逃すことはありません。最初の収穫は1978年、初めて自ら造ったワインに感銘を覚えたといいます。

当初はバローロとしてリリースしていましたが、1985年ヴィンテージより、クリュ・バローロとしてリリース。今では「バローロにクリュ(畑)の概念を作った造り手の一人」と評されています。バローロの世界を変えたカンヌビは今でもバローロ界の頂点です。


ワイナリー「ルチアーノ・サンドローネ」の歴史は、1977年にバローロの心臓ともいうべきカンヌビの丘にブドウ畑を購入したことから始まります。

翌年には早くも1500本のバローロを世に送り出したルチアーノ・サンドローネのワインは、またたくまに高評価を得ます。その後も、ルチアーノは妻のマリウッチャ、弟のルーカ、娘のバルバラとともにさらなる洗練を目指し、努力を怠りませんでした。

ルチアーノとその一族がワインを醸造する上で庭訓としているのが「バランス感」。ワイナリー内は、バローロワインを生み出してきた土地の伝統と最新技術のバランスが絶妙に保たれています。生産されるワインには、エレガンスと斬新が感じられます。

27ヘクタールのブドウ畑からは、毎年10万本のワインが誕生します。バローロとロエーロの地が産するワインの中でも、毎年安定した高評価を得ることでも知られています。 「ルチアーノ・サンドローネ」の代表格はなんと言っても「バローロ」、しかしピエモンテの風光明媚をそのまま表現したような「バルベーラ・ダルバ」「ドルチェット・ダルバ」も、愛好者が多いワインとして高名です。

「ファミリービジネス」の典型ともいえる「ルチアーノ・サンドローネ」は、イタリアの家族愛が生み出す滋味といってよいでしょう。


「ルチアーノ・サンドローネ」のブドウ畑は、タナロ川を挟んで南側がランゲ、北側がロエーロの丘になっています。

ランゲの丘の土壌は青白い泥炭質が特徴で、ロエーロの丘の土壌は泥炭と砂で構成されておりたまさかに貝の化石が見つかります。この土壌の違いは、当然ワインの味にも反映されるのです。ランゲの丘から産するブドウを原料とするワインはより深い味わいの豊かな風味が、ロエーロの丘のブドウのワインは繊細で香り高いのが特徴です。

現在、このふたつの丘があるあたりは、数百年までは海が広がっていました。1500万年前にまずランゲの丘が海水がひいたあとに地上に登場し、ロエーロの丘はそれからだいぶ後に地上に出たことが研究により判明しています。それぞれの丘の起源の違いが、ワインの味覚にも影響を与えているのです。


数あるバローロワインのワイナリーの中でも、常に高い評価を得てきた「ルチアーノ・サンドローネ」のワインは知名度も高く、ワイン通のあいだでは単に「サンドローネ」といえば通じるほどだといいます。

とくに1990年の「バローロ・カンヌビ・ボスキス」は、世界で最も影響力があるといわれるワイン評論家ロバート・パーカーにより「満点」を獲得したことから、「ルチアーノ・サンドローネ」の名は世界中に広がりました。


設立者であるルチアーノ・サンドローネは1946年生まれ。
代々ワインづくりをしてきたわけではなく、両親は大工の仕事をしていました。
15歳の時から、バローロの著名な生産者であるジャコモ・ボルゴーニョのもとで働き始めます。
そこで彼は「ネッビオーロの情熱」を学んだと言います。
その後、1970年からマルケージ・ディ・バローロで働き始めます。
そこではセラーマイスターとして、ワインづくりの中核を担っていました。

どちらの生産者のバローロも、グーグルで検索すれば彼が働いていた時代のものが普通に購入できます。
バローロの恐ろしいところです。

有名ワイナリーで働く傍ら、自分の哲学でワインを作りたいという思いは募っていたのでしょう。
1977年、現在のトップキュベをつくる、「カンヌビ・ボスキス」の畑と出会い、購入します。
ここからルチアーノ・サンドローネの歴史は動き始めました。

1978年に初めて自分の名前でワインをリリース。
1981年にヴィニタリー、イタリアのワインの見本市に出展したところ、いきなりアメリカの企業から声がかかり、輸出することになります。

「こんなに簡単に自分のワインが売れるとは思わなかった」
彼はそう語ります。なにせ、自分のワインを家のガレージで作るのは、マルケージ・ディ・バローロで働く傍らだったのですから。

当時のエチケットは、クラシックなバローロにありがちな、イタリア語がたくさん書かれた垢ぬけないもの。
アメリカへも輸出するにあたり、本当に消費者が必要とする情報は何かを考えます。
そして出来上がったのが、現在のデザイン。鮮やかな青の正方形に、生産者名・畑と原産地呼称・ヴィンテージだけのシンプルでわかりやすいデザインでした。
それから30年余り、そのデザインを貫いています。
1990年にようやくマルケージ・ディ・バローロを退職して、自身のワイナリーに専念することにします。
それは、娘であり今回来日しているバーバラと、弟のルカがワイナリーに参画してくれたからでした。

畑も買い増し生産量も増えてきた1999年、土地を購入しワイナリーを一新します。
新しいワイナリーでは、ワインを瓶で熟成させるスペースが十分確保できました。

そこで2004年から始めたのがラテン語で「sibi et paucisシビエトパウチ」と呼ばれる蔵出しのバックヴィンテージ。
ネッビオーロは熟成させてこそその真価を発揮するが、一般の消費者に5年も10年もワインを熟成させて楽しむのは難しい。
飲み頃にさしかかったバローロを入手することができるようにと、ワイナリーで熟成させてからのリリースを始めました。
ワインは振動や温度変化、日光に弱い。
だから、同じヴィンテージでもいろいろなインポーターやワインショップを渡り歩いてきたものよりも、ワイナリーのセラーで静かに熟成されたもののほうが上質とされます。
その蔵出しの証として、エチケットに「sibi et paucis」の文字がプリントされています。
現在、ルチアーノは73歳、未だ健在でワインづくりに励んでいますが、ワイナリーの中心は娘のバーバラ・サンドロ―ネとその2人の子供に移ってきています。
しかし、やっていることは40年前、カンヌビの畑を手に入れたころから変わりません。
質の高いワインには、ブドウ栽培こそ重要。
その彼の哲学は、ワインの中にあります。

これまた珠玉の2001年ビンテージ


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